生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

血を伝って長く続くもの

 おはようございます。もう暑いしか言ってない。夜通しエアコンをつけるので、朝はエアコンを消す。あわよくば、夕方までエアコンなしで過ごしたいと思っているのだが、果たして今日はどうだろう。

 朝、エアコンを消した後で簡単な掃除をする。今日はごみの日なのですいかの皮もゴミに出そう、じゃあついでにゴーヤも生姜も剥いてしまおう、などとしていたら、滝のような汗。家の外で汗拭きタオルが必要なのはわかるが、家の中で汗拭きタオルが必要になるとは。食材に塩味がついてしまうところだった。

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 昨日のはまぐり事件。今朝、腫れはだいぶ引いている。良かった、このまま弥生系の土偶になるかと思った。

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 ステロイドを処方されてから、最長でも3日、最短は朝1回くらいのペースで、のんびり患部に塗っている。塗るたびに「どこかでこれ経験してるべたつき」と思っていた。よくよく思い出すと、幼少期であった。幼いころの私は日光に弱かったのだ。母の指でほっぺにベタベタ塗られた記憶がよみがえった。嫌いだったな、あれ。

 そんなことを思い出していたら、ちょうど母から電話がかかってきた。甥っ子と妹についての相談というか、Amazonであれ買って送ってってやつ。話を聞くと「見ていられないほどのヒステリーだからどうにかしたい」の向こう側に「あんなに怒られる孫が不憫でならない」という、ばぁばにありがちなやつだった。

 確かに、妹ちゃんはヒステリックだ。だいたい常に怒っている。それももう、ちょっと耳をふさぎたいぐらい攻めたて、追い立て、泣くまで怒鳴る。こう書くと「なんてひどいママさんだ」と思うだろう、血縁者でもそう思う。しかし、私は知っている。私が幼いころの母もこんなだったし、祖母もこんなだったことを。

 だからこれは血の呪いもあるんだろうと思う。家庭とは、否が応でも繰り返される毎日、「普通」を作る場所だ。

 お母さんがご飯を作らない家だったら、定刻にご飯がないのは当たり前。生まれたときからゴミ屋敷なら、ごみをごみ箱に捨てないのは当たり前。人の往来が多い(特に大人)家なら、家に知らない人がいてもあまり抵抗を感じない。日常的にヒステリックな声を聞いていたら、怒りに対して慣れてくる。

 普通なんてないのだ、と思う。けれど、それぞれの中に普通はある。それぞれにとって、居心地がいいのが普通だ。そうやって普通は血を通って伝承し、長く続いていくことになる。

 ごくごく一般的に考えても、家で誰かが常にヒステリックな声をあげているのはいただけない。ならば、減らしたいと考えるのは当たり前のことだろう。祖母の言い分、母の言い分、おそらく妹も同じ言い分だろうと思う。「好きでヒステリックになってない」だ。「言いつけを守らないから」「約束を守らないから」、やむを得ず言っているんだと言うだろう。でもほかの、もっと別の表現方法ってあるだろうと思う。だから本当の原因は違うんだと思う。

 と、ここまで書いて「母ってヒステリックだったかな?」と思い直した。ヒステリックな時もあったが、どちらかと言うと「ゴゴゴゴ」という効果音が聞こえそうな感じで怒ることが多かった。うん、でも怒ってる声はだいたい常に聞こえてたかなと思う。レパートリー的に、母の勝ち。

 私には子供がいない。だから間違ってるかもしれない。だけどいつもいつも思うことがある。

 子供に「なんで~できないの!」と叱っても、本当の「なんで」なんて言えるわけがないということ。できないなりの理由があれば許してもらえるのかもって反射的に思って、言い訳しちゃって火に油を注ぐことなんてよくあることだ。そんな分かり切った怒りのスパイラルから、そろそろ、3世代にわたる長い螺旋階段からそろそろ、本気で、解脱してもいいんじゃないかと思う。

 私、私はというと、ヒステリックになることはあまりない。過去一度、どうしてもヒステリックになってしまう相手がいたが、その人は「言ったことが守れない」人だった。許せないと思ったし、できないことじゃないのにと思ったし、できないのは私が重要視されていないからだと思った。今思えば、きっと違う理由で約束が守れなかったんだと思う。けれど、私としては、相手がどれだけ苦しんでいようとも、自分で「今」を選べない人とは一緒にいられないと思って別れた。

 後にも先にも、あの人にだけヒステリックだった。不思議だなあと思う。

 塩鯖に対してはヒステリックにならない。塩鯖の方が上だって認めているし、私には我を通さないと気が済まないほどの「我」がないし、塩鯖は私の本当の望みや願いを、言葉にしなくても汲み取ってくれるから。いや、それ以上に、誰かのヒステリックな声を聞きたくないからかもしれない。