糖質無制限生活
あけましておめでとうございます。2019年もよろしくお願いします。
正月は糖質制限と減塩生活を意識して甘味料を使ったおせちと煮物を作った。これがまた、とてもまずい。栗きんとんはたまたま安納芋を握ったので(新聞紙に包んでいるので何芋かわからないままにとって剥いた)甘味を足すことはなかったけれど、煮物が本当に残念な仕上がりだった。おせちはまぁ…なしじゃないけど、うまくはない、ぐらいの感じ。大量に食べるものではないけれど、一度やってみたかったのだから達成感はあるが敗北感もある。
おせちといっても決してフル装備ではない。食べるものを2食分ぐらいしか作らない。なぜなら、余ったものはすべて私一人が食べるからだ。余らせたら私は丸くなる。
元旦、塩鯖はお仕事で私はポスティング。正月ばかりはみんなポストを見るだろうという魂胆。意外と外に出ている人はおらず、ポストの中にも年賀状が入ったままだった。年明けの仕事始めあたりに連絡があるといいけどね。
二日目はお義母さんのお誕生日でもあるので、塩鯖の実家で姪っ子家族も含めてお正月。糖質無制限のおせちをしこたま食べる。甘い、甘いって贅沢。最近チョコレートといえばハイカカオばかりなので、甘いチョコレートに感動する。ハイカカオも美味しいんだけどね。
そして今日は三日目、掃除をし、今日の晩ご飯はどん兵衛の蕎麦にしようと決めているので、残りの時間は仕事しようと思っている。妥当で順当な正月だ。
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去年の今頃は実家で手伝いをしていた。塩鯖は休職中で父は骨折していた。月日が流れるのは早いなあと思う。2018年はそんな乱闘のような幕開けで、みかんの手伝いをしながら2月になり、グアムに行き、3月になり、塩鯖が復帰することが決まり、4月になり、私は一年間のプログラムに参加し、長野に行ったり大阪に行ったりしつつ地獄の釜の蓋を開くような気持ちで自分を見つめていたように思う。何をしても気の抜けた酢の物みたいな感じだったけれど、年の瀬にがつーんと一発きて落ち着いた。
ポスティングに本腰を入れたのも2018年。人気の低い場所に率先してポスティングに行ったように思う。なぜか、一度ぐらい配った経験がある方がいいだろうと思ったから。なんだかんだとボランティアが続いているのは、近所に保健所があるからだろう。今着いたと言われて出かけても十分間に合うぐらいの距離だから。辞めようと思ったことはない。けれど、誰よりも犬猫の命を救おうとも思っていない。処分される命があることに罪悪感はあれど、是が非でも助けるほどの情熱もない。ただ、頑張っている人を助けたいという、犬猫愛護というより人間愛護の気持ち。役割であれば、人を鼓舞することも、音頭をとることも、なんにも抵抗がないものだな、と思う。役割って不思議だね。
2019年はどうしていこうかなと、元旦から考えている。大きな夢をもちたい、けれどあまりにも現実に即していない夢ならば、それは暇つぶしの妄想にすぎないと思う。だからどうしても、自分ができること、実現可能な努力目標みたいになってしまう。たとえ実現可能な努力目標であっても、そこに私の楽しみがあればいいのだけど、私は何が楽しかったかな? から思い出さねばならない感じ。困ったな。
今年私は42歳になる。41年と半年生きてきて、2018年ほど楽で自分のことばかりに時間を使ったことはないように思う。もちろん、独身時代はほとんど自分のための時間だけどもさ、でも一応社会人として会社のことを考えていたりするわけだ。だから、純粋に2018年は「私」の時間だったと思う。この時間を経て、2019年は「私の起業」をしたいなと思っている。けれど、起業となると目的や理念も必要なわけで、なんとなくってわけにはいかんので、やはりここでも地獄の釜の蓋を持ち上げねばならないような気がする。そもそも、地獄の釜ほど重くはないけどな、慣れないから戸惑っているんだ、たぶん。
塩鯖は変わらず元気です。今年は冬でも調子がいい。彼はいつでも現実主義だけど、こと2018年はそういう方向の話題を振ることも多くてかなりスピリチュアル的な発言もするようになったなと思う。けれど彼のスピリチュアルはどこまでも現実的で、夢や逃避が一切なくて、ただ、ずっと繰り返している転生のひとつが今なんだよ、という感じに見える。私より断然人生の先輩に感じる。だから何の心配もいらないような、もっと自立しないといけないような、複雑な気持ちにもなるのだけど。
塩鯖が突然高校時代の制服を出してきた。今も入っちゃうスレンダーボディーなのだが、見事な短ランである。改めてみると、学ランのおしゃれ版と言ってもいいのだろうねと思う。けれど、あれだけ奇抜な恰好だ。相当な気合がないと着て歩くことなんてできなかっただろう。それに冬は寒そうだし(丈が短いからね)。おしゃれは気合と我慢だったんだね。
抱負、またあとで考えよう。