生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家一年目~

心がヒヤッとした体験(感謝)

 こんにちは。思ったことを溜め込んでいると消えてなくなっちゃうのでざざっと書き出し。

 占星術のサイトに珍しく(超珍しく)コメントが入った。そこには「あんたの人生のことはしらん。起こる事を当てるのが占い師だろ」と書かれていた。

 かなり心に冷や汗かいたよねー。イラっともしたしカチンともきたし、だけど「(一部)ですよねー」とも思ったし。

 返事しようかするまいか迷ったけど、考えた末に謝罪文でお返事した。ここで「いえ、私は占い師じゃないんです!」とか「私はこういうスタンスでやってるんです!」と書いたところで、意味がないなと思って(だけど不愉快にさせたことは詫びたほうがいいと思って)。

 確かに、古今東西「占い」というやつは未来の出来事を当てちゃうすごいツールとして広まっている。未来のことがピシャリと言い当てられたらすごいなと思う。私にはそんな能力はない。だから「占い師」とは名乗らない。だって自分の未来すら分かんないもん。

 ただひとつ言えるとしたら、今よりも良い未来にしたいということ。そのためにどうしたらいいかと考えて実践した結果、自分のことを俯瞰して観られるようになれば、多くの悩みから解放されるという結果にたどり着いた。

 男性が「占い」や「スピリチュアル」に率先して参加せず、女性は傾倒しがちであることもこの辺から読み解けそうだなと思う(例えば、男性はある程度冷静に自分を見ることができるように思う。そしてある意味では感情にとても素直だ。しかし女性は感情に振り回されやすい一面があり、どうしても感情と自我の癒着が多いように思う。自分を俯瞰するとき、まず必要なのが「私の感情(”辛い””痛い””悲しい””ムカつく”など)」からしっかり距離を置くことだ。でなければ、どうしても感情に寄った無理強いをしがちで、そこから生きづらさや「思い通りにならない!」という癇癪につながると思う。けれどこれは全世界の男女全てに言えるものではなく、男性同士の妬み僻みのほうが女性のそれより歪んでいると感じることもあるし、自信がないゆえにそんなことになったのか、と思うことをもあった。だから一律じゃない。むしろ社会のひずみとして表れるのは男性同士のそれが大いにあると思う。特に二二六事件の番組を見てそう思った)。

 今の私は、やっぱり未来でどうなってるかなんて想像できない。けれど、誰か凄腕の占い師に「あなたは集中して〇〇すべきよ」と言われたとしても、それが私の心に「これだ!」と触れなければやらないだろう。今の私は自分の使い方をもっと知りたい。動画もやりたいし新しいブログも作りたいし(ブログ作るの好きだわー)小説も書きたいしもっと占星術を挟んだ対話を増やしたい。

 そう、自分の心の琴線に響くものでなければ、その声はないものになってしまうのだ。

 私はどうしても「結果とは裏腹の、依頼者が求めている言葉を伝える」ことができなかった。だからうまくいかない気がして、ぐいぐい出て行くことができなかった。今思えば、小さな小さな石ころに、ずっとこだわり続けて塩鯖に迷惑をかけていた。

 でもだからこそ、挽回したい。散々投資して学んだのだから、しっかり塩鯖との暮らしに返したい。

 うん、だから(もっと)ちゃんと考えよう。お客様への私らしい還元方法を、私らしいメニューを。この暮らしを離れても継続できる形を。

 そういうことを考えるきっかけになったので、コメントくれた人ありがとう(あっちに書けよ)。