生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

7月が終わる

 もう7月が終わる。はてなブログナウシカで止まったままだったことに驚いている。忙しいような、忙しくないような。一日の時間コントロールが上手にできない感じが続いている。

 といっても、朝は6時半から仕事が始まり、10時ごろには帰るものの風呂と一息ついていたら昼ごはんタイム、2時間弱の昼寝後に午後の部スタート(だいたい14時半くらいから)の17時ごろ帰宅。風呂と晩ご飯で19時半ぐらいになり、20時ごろからはもう寝ようとする。そんな暮らしを繰り返している。

 長い梅雨のおかげで(7/30の午前中に梅雨明けたー!)、カッパ&長靴生活もうんざりしております。雨が降って涼しいならともかく、雨が降って30度超えているんだから死にそうだよ。長靴ってね、外からの水は防いでくれるけど、蒸れてひざ下がぐっしょりするんですよ。この不快さったらもう。

 みかんのお仕事は主に摘果、その合間に防除(私たちは苗木オンリー)、除草剤。雨のおかげで草の勢いもみかんの勢いも半端ねえ。これで8月一切雨が降らなかったらヤバいので、ときどき降ってください。あんまりこの願いは聞き届けられないんだけども。

 産直アプリを2つ入れてみた。食べチョクとポケマルである。特に出品する予定はないが、出品している人たちの投稿を見ているといろいろ勉強になる。でも、一番「やっぱりそうか」と思ったのは、利用者の一人がつぶやいていたことだった。(食べチョクとポケマルの違いは「無農薬表記」。食べチョクは表示しない、ポケマルは表記を禁止しないそうです)

 そのつぶやきでは「農家さんによって、届くものの考え方の違いからか、クオリティが違う」というもの。どうやら、試作品のような野菜が入っていたかと思えば、贈答用ですかレベルの美しい作物が届いたりとバラバラらしい。

 私はおおむね個人の自由にすればいいと思っている。だけど私はシビアなほど選んで買うだろう。だって買うのならば、真剣に作っている人の”作品”を買いたいもん。素人レベルでいいなら自分で作るもん。

 農作物は作品だと思っている。うちのみかんだって作品だ。どのレベルまでを作品と呼ぶのかは個人差があって当然だろう。私はスーパーに並んでいるものも”作品”だと考えている。そのレベルのものしか欲しくないということだ。

 でも、もらうものは別だ。うちの実家もいろんなところから、いろんなものが届く。通年行われている物々交換としてスイカ、ナシ、リンゴ(リンゴ製品含む)、レンコン、米などなど。これは物々交換だからかなり良い品物が届く(逆にうちのみかんで大丈夫かと思う場合もある)。でも親戚やお友達からは山菜や磯遊びの産物、家庭菜園(といってもかなり広いそうだ。もともと酪農・肉用牛農家だから広い土地があるのだろうと思う)のものが届く。レアなものも多いのでありがたいし楽しい。

 それはそれ、これはこれ、なのだ。

 今までの産直は「とれたて新鮮! そして安い!」であればよかったのかもしれない。でも、これからの産直こそ品質を求めた方がいいんじゃないかと思う。農家さんたちの自己責任というのは、いささか無責任だと思う。

 そもそも、産直=安いも疑問だ。産直で見る限りで「これ、この品質だと安くないぞ」みたいなものは見かける。でも品質の良し悪しが分からない人にとっては「たくさんあって、価格が安い」ものが安いものだ。食べればわかると思うのだけど、それを単なる「当たり/外れ」だと思われるのも、なんか違う気がすると思ってしまう(お金を払ってまでロシアンルーレットするのかい、と思っちゃう。もちろん、シシトウみたいに辛いのがどれかわかんないとかあるとは思うけど)。

 知識なのか、それとも美味しさへの貪欲さなのか。私は貪欲なので価格と品質の折り合いがつかなければYESと言い難いんだけどな。

 そう、林ホルモンは必ずしも「すごくいい肉」じゃない。だけど手ごろで美味しい肉なのだ。すごく美味しい肉を食いたかったらひらいにでも行けばいいし、焼き肉気分を味わうだけなら焼き肉キングでもいい。そういう感じよ。でもこれ、個人の自由っちゃ、個人の自由だよねえー。

 ってことを、ごろごろ考えたりしてました。

 とにかく我らは美味しいみかんを作ります。今年も変わらず。