生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

もうさすがに終焉

 おはようございます。起きて、昨晩の食器を片付けて、コーヒー淹れるとだいたいこんな時間です。4時半起きループから抜けたい(現在5時前、昼間が眠い)。

 ぐだぐだとくだをまいていた一件は、ようやく私の中でも着地地点を見つけた。「届かない言葉もある」だ。

ameblo.jp

 ある人がこの記事をシェアしていて、ああーまったく同じ、したこともあるし、されたこともあると思った。オンラインではありがちな、と思いきやリアルでも結構あるんじゃないかな。通じないときは通じない。これを「敵意帰属バイアス」というのだそうだが、この記事に解決方法はない。そうだ、紋切り型の解決方法なんかない。

 当人の頭が冷えるまで無理なんだと思うよ。自分が「きいいいい!!」となってるときもそうだったし、相手が「わあああああ!!」となってるのを見てもそう思う。

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 昨日は動物愛護ボランティアのお仕事、譲渡会のお手伝いに行ってきた。譲渡会は何回目だ? 3回目ぐらいか?(相変わらず人が多いところは嫌い)

 譲渡会とは、ボランティアさんたちが犬猫を連れて集まって里親を探す会である。譲渡するために保健所から引き出してお世話して慣らして希望者さんにお渡しするのだ。来場客との関係は一回こっきりではない。希望のタイプを伝えておくと、譲渡条件の合う希望者さんにボラさんから連絡がいくルートもある。人気のワンちゃんはホント倍率高いからね。

 知ったげに話すが、私はお世話もしたことがないから完全に「つなぎ要員」なんですけどね、それでも十分なのよ。

 最近特に犬が怖くて仕方がない。吠えられると怖いし、噛まれそうになると泣きそうになる。こんなんでボラできるのかよと思うけど、実際犬を預からない限りは、どこかの飼い犬に吠えられるだけで犬に触れることはない。できるっちゃできるんだが、ポスティング行くの嫌になるぜ……。

 犬種に関わらず、犬にだって好き嫌いはある。そして犬は本能的に序列を決める。びくびくしている今の私はほとんど最下位だ。でも序列の上に行こうとは思えない、いまは最下位でもいい、チラシさえ配れれば……!

 はるか昔に犬を飼っていたし、私は犬に好かれる! と思っていたが、まったく狭い世界だった。犬から見た世界を想像すると、犬好きの人間ってただの人間だ。飼い主さんさえ知らない人(ポスティング中の私)なら不審者だ。ならば、吠えられるのは当たり前なのだ。

「吠えられるのが嫌だからやめます」って言いたくなる日もある。でもやり始めたんだから責任を持ちたいし、迷子犬であってもどこかのおうちの唯一の家族、だから帰してやりたい。そして、できれば私も犬と仲良くなりたい。なので克服頑張ります。

 以前、プロフェッショナルの流儀に出ていた「噛む犬」の訓練士のFacebookをいつも見ている。あの番組で虐待だのなんだのと意見が出たようだが、私は虐待だとは思わない。だってこの訓練士が諦めたら、そこに集まっている「噛む犬」は処分される。あそこが最後の砦なのだ。身体を張っている人を非難なんてできない。