生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

瀬戸芸について思うこと

 おはようございます、こんにちは。やらねばならないことを、後回しにしています。ヒー。

 瀬戸内国際芸術祭、楽しみにしています。けれどこの香川県民の反応の薄さ! 私が一方的に懐いているひこさんに「瀬戸芸行くの~?」と軽く聞いて、理由の一つがよーくわかった。

 彼女は絵を描く人なので、アート関係の知り合いも多い。アートと関係なく地域のことに関わっていたんだと思う。そういう立場の人から見ると、資本を投資して、有名どころを持ってきて(ということは、ずっと前から細々と活動していた地元の人は使わずして、ということになる)、盛大に祭りをすることに、それほど興味が持てない、ということだった。その中には、あの人はずーっとずーっと頑張ってあの島を盛り上げようとしていたのに、結局資本と有名人で手っ取り早く集客したら人が来るっちゅうのがいけ好かないんだよ、という気持ちもあると思う。

 そう言われれば、すごくわかる。私も同じように思うだろう。道後温泉なんてあんなに媚びちゃってさ。長湯もできない熱い大衆浴場だったもんが洒落こんでさ、って思うところはある。でも、それで維持費が賄えて、周りの干からびた商店街に人が戻ってくるならいいのかな、とも思う。

※松山でもここはずーっと名物らしいです、干からびても潤っても。
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 私はうどん県で暮らしていて、道の便利さ(南北は使えないが、うどん県は南北移動をそれほど必要としない)やインフラ整備に「すげーなー、できてるなー」と思っている。なんだかんだ言って便利だから、あえてちょっと都会に行こうかしらとか思わない。都会行きたきゃ特急しおかぜに乗ればいいのだ。

 けれど、動物愛護に関わるようになってから、まーまー本気でお金をかける気もなければ、聞く気もないんだなーと思う。まぁ仕方ない、野生動物が住みやすい環境=逃げた動物も生きて行けちゃう環境=マジ本気にならないとどうにもならない問題であるからね。

 一応愛護センターはできるけれど、ボランティア界隈では期待ゼロだ。譲渡可能な人懐っこい子犬だけを並べるならば、それは県が経営するペットショップに他ならない。啓発もするとは言うけれど、首輪に名前と電話番号を、首輪に鑑札を、逃げたら保健所と警察に連絡を、すら伝えられないんだから意味がない。

 でもなー、思うんだ。野良っ子を希望する方ってけっこう上から目線が多い。「かわいそうだからもらってやりに来たんだよ」的な態度でこられると「頼んでませんからお帰りください」って態度にもなる。それでいて、譲渡ボランティアは条件が厳しいからペットショップの方がいいって言うんだから、行政が伝える啓発って「いのちだいじでーす、かぞくにしてあげてくださーい」だけなんだねえ、と思う。

 ルールがあってないようなものだったところにルールを敷くわけだから、最初は反発や反感を買うものじゃないかな。そこをボランティアに押し付けるんじゃなくて、県が憎まれ役になるぐらいの勢いが、欲しいよなと思う。

 まぁ、自分が住んでる県の悪口はこのへんにしよう。今の私は100点満点の状態を想像せずに、ここが不満だって言ってるだけだから。なんだかんだ言ってつつがなく毎日が暮らせて、ごみの分別に苦しまずに済んでいるのは、私が骨付き鳥市に住んでいるから。それ自体はとてもありがたいし、これからもここで暮らしたいと思っている。そして、この瀬戸内の田舎町が、観光地として世界に知られることになったということは、やっぱり評価に値することだと思う。

 けれど、地元的にはちょっと違うんだよなーって思ってる人もいる、ということ。どちらにしても、私は楽しみにしているよ。