生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

誰かのためになろうとすること

 おはようございます。今朝の情報番組でやなせたかしさんのことを聞いた(ゲームしてたから見てはいない)。私はやなせたかしさんのことをほとんど知らないが、番組の終盤の言葉がやけに心に残っている。

人生は、よろこばせごっこ

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 一昨日届いたこの本でも、そういうことが書かれている。自分のことだけ考えてると上手くいかないって(105ページバリの兄貴の言葉の引用)。

 なかなかその意味が理解できなかった。けれどよくよく考えてみればここ数年私がしようとしていたことって「人のこと考える余裕がないほど内面が子供だから、内面を成長させようとしていた」ということだったんだなと思う。

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 塩鯖と遅れ気味に録画で見ているこのドラマ。昨夜見たのは「女の明日とコーヒー戦争の巻」というお話し(ちょうど一週遅れ。楽しみにしているからこそリアルタイムで見ないのである)。この回に出てきた、いわゆる「意識高い系女子の起業コンサルタント」って、スピリチュアル界隈でもよく見かけるものだなあと思いながら見ていた。いや、むしろ冷や冷やしていた。あまりにも「見たことあるわ」という言葉だし、私も彼女たちと同じように「未来は真っ暗かもしれない」と思って焦ったことが何度もあるから。

 我が事と思って見ていると冷や冷やだけど、ふと視点を上げれば気づくことがある。ネズミ講ネットワークビジネス、投資話、幹部として迎え入れたいなどなど、ああ、一昔前なら男性が引っかかってたやつの女性版が出たってことなんだな、って。新興宗教の一部なんかもそう。

 こうした不安商法は昔からあるし、女性が占い好きなのも昔から。ビジネスとして生まれてしかるべきだったんだなと思った。こういうものの中には本当に役立つものもあれば、単にちょっと勉強になる話を聞かされるだけでびっくりするほどの金額を提示されるものもあって、おおむね後者が多数を占めるので「胡散臭い」と感じる人がいても当然だろう。

 で、これがどうやなせたかしさんに繋がるかというと、いわゆる悪徳商法まがいのものと、プロ(本物)になるものの違いは、その仕事そのものが「自分の利益ばかりを考えていないか」「自分が良ければいい、だけになっていないか」ということだと思う。

 ごくごく当たり前で、ごくごく当然のことかもしれない。でも私は、そういう意識をどれほど持っていたかと問われると、かなり危うい。

 自分なんかが役に立つことがあるのだろうかと思ったり(思って終わり)、自分の能力を過小評価して引っ込めたり(中途半端)、あとはなにかなあ、逆に謙遜しすぎて犠牲になりすぎていたり。一言で片づけると「思春期の自意識過剰状態」だ。

 そういう状態を脱することが成長、大人になるってことなんだろうなと思う。そこに来て初めて「自分が良ければいい」の世界から脱することができ、「誰かのためになろうとする/誰かを喜ばせようとする」ことができるのだと思う。ついでに、そうできることが自分自身の喜びにもつながるわけだ。心が成長していない(子供の状態)だと、人のことを喜べないからな。

「誰かのためになろうとする/誰かを喜ばせようとする」方法は、自分がやってて辛いことよりは、自分がやってて楽しいことの方がいいよ、というのが、好きを仕事にしようと言い換えられるんだと思う。言葉の表面を何度なぞったとて本質は見えない。

 その手っ取り早い方法が、いいなと思う人(尊敬している人)に会うことなんだろうと思う。といっても、人間はパワースポットじゃないから「会うだけでラッキーになれるよ!」なんてものはないので、その生きざまを直に見て、なにをどうしたらこうなるのかということを自分なりに理解することが大事なんだと思う。

 私なんかは憧れを強く持つ傾向があって、なんでも真似して違いを知るタイプなので、真似しようにも真似できなくてしんどいと思うことは多々あった。つい最近もそれで嫌になってた。でも、私の憧れと、私は別物だから、ちゃんと「何に憧れているのか」を洗い出せていない限りは解消されない苦しさだったんだろうと思う。

 でもこうやって書きながら整理してきて、なるほどなあ、私が憧れていたもの、その人が何を私に提供してくれたから、私はその人を尊敬し憧れたのかを洗い出して、私のできる方法でその「提供してくれたもの」を形作るにはどうしたらいいのかを考えればよかったのか、と理解した。

 後半、ちょっと日本語が不自由な感じだな。でもこれを簡単な言葉にすると「あなたは、あなたのままでいい」とか「ありのままの自分でいい」になるわけで、それはとても誤解を招く言葉だからあんまり使いたくないんだよね。こういう言葉って抽象度を上げたからこうなったっていうより、作為的なものを感じるんだよね。

 さ、今日は書き物を終わらせたら、この件について書き出そう。

 ついでにフィットネスジムとペットショップの求人に応募しておこう。頭ばっかり使ってきたから、身体を動かしたいんだよね、最近。