生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家一年目~

”差別”に敏感すぎる時代

 森さんの発言。まさかイギリスやフランスまで反応するとは思っていなくて、個人的には「またこのおじさん、言っちゃったなあ」ぐらいにしか思っていなかった。でも、まさかねえ。

 男女雇用機会均等法は1985年に制定され、1986年施行された。私が社会人になったころには、男の仕事、女の仕事というくくりもかなり減っていた。

 私は常々思う。平等さって何をもって図るんだろうって。特に今、2021年の今、女性だからって不当な扱いを受けることなんてどれぐらいあるんだろうか。少なくとも私はほぼ感じない。いや、全く感じない。

 森さんが言ったことは、おそらく事実だろう。女は物事を決めるのが遅いね。確かに遅い。みんなに意見を聞くからね(森さんは「負けん気が強いからか、次々に発言しだす」と言ってたようだけど、女性は聞く生き物だからそうなるのだ)。サクッと終われる会議が終わらないね。確かにそうだ。でも、だから女の委員はいらない、切れ、とか言ったかね?

 私は思うんだよね、男も女も、どちらも耐えるところは耐えてやってきた。耐えてきたよね。だから、もう平等なんじゃない? って。どちらかが甘い汁を吸いまくって、どちらかが苦い思いだけをしてきたのだろうか。だけ、ってことはないだろう?

 そりゃはるか昔のことを言えば、男性より女性の方が耐えることが多かったのかもしれない。でも、そういう社会じゃダメだということで、平塚らいてうさんとか岸田俊子さんが立ち上がって、その遺志を継いだ人たちが立ち上がって、世の中を変えてきたんじゃないかしら。だとしたら、2021年の今、本当に男女は不平等なのだろうか?

 そろそろ、男女が思いやれる時代は来てもいいんじゃないだろうか。男性も頑張っている、女性も頑張っている。

 私は夫と父と同じ仕事をしているけど、まったく同じようには絶対にできない。それは単純に力がないからだ。でも、私より力のある夫も父も、歯を食いしばりながら石を運んで、土を掘っている。私も自分ができる限りの石を運び、土を掘っている。平等に、しんどい。平等だ。

 ねえ、平等さって何をもって図るんだろう? あなたはどう思う?

※私は森さんを擁護するわけでも、彼を特別何か思うわけでもないけれど、ただ彼が築いてきた功績や成果を、こんなに簡単に無視していいんだろうかとは思う。私は努力が報われない社会は嫌だ。何かの罰として、努力の結果まで取り上げられるのは違うと思う。

 まぁ、政治家の多くはリップサービスが過ぎるということを、そろそろ自覚してもいいんじゃないかとは思うけれどね。