生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

(仮)土星と木星のワークショップに参加したお話

 今日はアウトプットが多い。というか、私はアウトプットして初めてまともに「頭の中が整理」されるタイプだ。だから無駄に書き散らすことがある(だからこそ、プロフィールに「読み飛ばしても大丈夫」と書いている。これは本気でそう思ってるのよ)。

 木星土星のワークショップ。ネーミングからしてスピの香りが漂っている。もう慣れっこではあるが、スピに近寄らない人たちの方が多い私の周りには、このワークショップを受けたんだよと言いづらい。でも、スピが好きな人はこういう名前に寄って来る=ずっぽりスピな人が来る可能性が高い。なかなか如何ともしがたいところである。

 内容的には、さほどスピっぽくないと思っている(個人差があると思うけど)。

 人ってものは不思議なもので、どうしたってパターンから逃れられない。年齢が違えど、場所が違えど、メンバーが違えど、なぜか繰り返していることがある。それは人が愚かだからでも、成長していないからでもなんでもない。それが個性だからだ。

 なぜそんなことが起こるかっていうと、根本的に何かを求めているからだと思う。その何かというのが、人によっては野望だったり、願いだったり、叶えたい欲求だったりするだろうけど、とにかく何かを求めているわけだ。

 その願いというのも人によって実に様々で、有名になりたいとか、フォロワー増やしたいとか、今時はそういう願いも多いと思う。でもその願いの根本にあるもの、それが一番欲しているものだと言われている。この場合、知名度をあげたりフォロワーを増やすことによって、力を得たいのかもしれない、影響力を持ちたいのかもしれない、人気者になれたという実感が欲しいのかもしれない、自分は孤独じゃないと実感したいのかもしれない。

 こんな風に発展させてゆくと、願いなんて変わってゆくじゃないかーと思うかもしれない。変わっていっていいものだ。むしろどんどんバージョンアップすればいい。なぜなら、そうすることが自分の欲求をどんどん叶えていくことになるのだから。

 そういう自分の人生の中で繰り返されている、だけど本人が気づいていなかったことを発掘するのが「土星木星のワークショップ」だった。

※加筆修正、あるいは削除する可能性あり

 でね、これ私が開催してもいいんだよ。その時、タイトルも変えていいんだって。だからスピの香りを抜いたタイトルに変えようと思っている。でも、それを意識するとやたらと「意識高い系」というか「自己啓発系」になってしまう。ここが非常にもどかしい。

 私なんて、もっと低いレベルで「あー、なんかモヤモヤすんだよなあ。なんだろうなあこれ」ぐらいの気持ちでこの世界に足を踏み入れたわけだからさ。

 そういう経緯を言葉にしていたら、なんかいい案が思い浮かばないかなーと思ってここまで書いてきた。でもあんまり浮かんでいない。なぜなら途中で寒中見舞いのはがきを作っていたからさ!!(両親からの命令さ!!)。

 で、誰かなんかアイデアないですか。いきなり他力本願。いやもうちょっと自分で考えます。

 しかしだな、私は長年たいした願いがなかったんですよ。願い事をしようと頑張ったところで、家内安全と健康でいられますように、ぐらいしか思い浮かばない時期が、実に10年ほど続いた。もちろん「お金が欲しいなあ」とか「時間が欲しいなあ」と思うこともあるのだけど、いざお願いをと思うと、家内安全ぐらいしか出てこないのだ。

 今でも疲れてたり頭がいっぱいだったりすると、すぐにこれ言っとけばいいだろ的な非常に雑な家内安全が出てしまう。一時的なものならば、一時的に現実逃避でもニートごっこでもすればいいと思っている。だけどそれが長く続くと、自分が何を考えているのかさっぱりわからなくなるのだ。本当に。

 そうなると、なんだか毎日が味気ない。毎日をこなしているだけのような感覚になる。砂を噛むように毎日という時間を過ごし、週末のために頑張るみたいになっていた。もちろん、それでもいい。本人さえよければいい。でも、私は良くないから変わろうと思った。